2024年の衆議院議員選挙で国民民主党が議席を伸ばし、「手取りを増やす」が実現しそうな雰囲気になってきているが、果たして本当に手取りは増えるのだろうか。
玉木雄一郎氏のX(Twitter)では頻繁に情報発信が行われており、中でも「103万円の壁」を178万円に引き上げるということが繰り返し発信されている。現役世代の心に刺さる内容だ。X上ではこれを応援する声も多いが、178万円にこだわりすぎている過激なアカウントもあり、その影響か「国民民主党の支持者にはヤバイやつしかいない」「国民民主党に期待しすぎるといつか裏切られるぞ」といった投稿も増えてきつつある。
かくいう私も国民民主党の「手取りを増やす」取り組みは応援しているところではあるが、雑な議論をする信者や過激な支持者がいることは残念に思っている。そこで今回は、この「手取りを増やす」や「103万円の壁」に関して思うところをまとめてみる。
「178万円を目指す」 → 123万円でした
与党と国民民主党の3党の幹事長が「178万円を目指して来年から引き上げる」と合意したのが2024年12月13日。その後12月23日には、2025年については123万円になるということが決まった。これでは少なすぎるという投稿でSNSは荒れていた。
しかし、個人的にはこれは十分な成果だと考えている。
30年間動かなかった壁が動いた
1995年から基礎控除と給与所得控除(の最低保障額)を合わせて103万円で、これが30年間据え置きだった。それぞれの控除が+10万円、合計+20万円になり、123万円ということだ。30年間動かなかったものが動いたというだけで大きな成果ではないだろうか。
178万円を「目指して」「来年から引き上げる」
言葉をそのまま読めば、少なくとも「来年から178万円になる」と読み取ることはできない。にもかかわらず「123万円に引き上げ」という報を受けて「ショボすぎる!」「全然足りない!」と怒り狂っている人が多い。冷静になって「目指している」「来年から引き上げる」の意味を考えてほしい。2024年12月の最後のたった数週間で、国の税収に大きなインパクトを与えるような変更ができるわけがない。
「手取りが増える」だけじゃないはず
103万円の壁が178万円まで増えることで手取りが何万円も増える。これに期待している人が多いのは確かだが、この壁の議論の中では「働き控え」の問題もあったはず。
働き控えが起こるケース
1月1日から12月31日までに受け取る給料を103万円以下に抑えると、本人の税負担がなくなるだけでなく、本人が他の家族(例えば親)に扶養されている場合は扶養者(親)が扶養控除を受けられるというメリットがある。逆に103万円を超えると所得税が課税され、親の税負担も増える。本人に課税される所得税は微々たるものだが、親の税負担は103万円を超えた瞬間に大きく変化する。加えて、家族の扶養を条件としている会社独自の手当がある場合も多く、それが受け取れなくなってしまう。税が増えて手当てが減るとなれば、「絶対に103万円以上は稼ぐな」と言わざるを得ない。
こうした事情から、親の扶養に入っている学生がアルバイトでの年収を103万円以下に抑えるために、11月12月中のシフトを減らさざるを得ないということが起こる。これが働き控えだ。全国の最低賃金が上がり、それに合わせて時給も上がってきているため、年々この103万円までの到達が速くなっているのである。103万円の壁が123万円まで上がり、扶養から外れない条件で20万円多く稼げるというのは、雇う側と雇われる側の双方にとって大きなメリットだ。
全員が減税されたら誰が穴埋めするのか?
103万円の壁が引き上げられて恩恵を受けるのは若い世代や現役世代だけではない。基礎控除は年金生活者にも適用されるため、高齢者を含めたあらゆる世代の手取りが増える。裏を返すとあらゆる世代の納税額が減るということになる。そのしわ寄せはどこに行くのか。税収が減れば税で成り立っているものが少しずつ壊れていき、社会を維持できなくなる。減った分だけ法人税が増えたなら、それこそ手取りどころか給料そのものが減ってしまう。では税金の無駄遣いを減らせばいいのか。もちろんそれはごもっともだが、民主党政権時代の事業仕分けの結果がどうだったのかを思い出してもらいたい。ならば国債を発行しろ、と言うのも乱暴すぎる。
このように、ただ「手取りを増やす」とだけ言い続けるのには無理がある。国民民主党はそれが公約である以上、財源の有無にかかわらず178万円まで引き上げるべきだという主張するのも仕方がない。しかし、社会を維持できるレベルでどこまで引き上げられるかを議論せずに「引き上げ」だけ言い続けるのは無責任だ。議論しながら1年毎に少しずつ引き上げていくのが現実的で、それが「178万円を目指して来年から引き上げる」という話なのではないだろうか。
まとめ
「手取りを増やす」は簡単ではない。現実的に実現できる引き上げを、時間をかけて議論しながら進めていくべきである。